境内散策

本殿

本殿写真

遠く天文の頃、伊勢の神宮より御分霊を奉祀し神埼郡田手に九州唯一のお社ができその後、鍋島蛎久の地に移され、藩祖鍋島直茂公ご夫妻のご信仰篤く、初代藩主鍋島勝茂公、慶長年間(江戸時代)朝鮮出兵の戦勝祈願成就により、慶長十年(西暦1605年)に遷座建立されその後、昭和15年紀元二千六百年を記念して改築され現在に至ります
子孫繁栄、商売繁盛、五穀豊穣の神様として、また子授祈願には特にご利益があるということで、肥前の国だけでなく九州一帯より、多くの参詣者があり、九州のお伊勢様と称ある特別の神社になりました。

石像肥前狛犬 一対【佐賀市指定重要文化財】

石像肥前狛犬 一対写真

指定年月日/昭和57年3月1日
石造肥前狛犬は一般的に小形で姿勢は静的、彫法は簡潔素朴、全体的に丸彫りで、脚部分は彫り抜かずに浮き彫りで表現されており非常に大胆かつユニークで一見狛犬とは思えない姿形で目を引きつけます。
肥前狛犬は在銘のものは少ないといわれていますが、この狛犬は寛文7年(江戸時代初期)と造立銘があるため、佐賀市で最も古いものとして注目されています。

伊勢神社石造肥前鳥居【佐賀市指定重要文化財】

伊勢神社石造肥前鳥居写真

指定年月日/昭和57年3月1日
鎌倉時代から江戸時代後期までが最盛期といわれている肥前石造物の中でも、異彩を放っているのが肥前鳥居です。この鳥居は慶長12年(江戸時代初期)の造立銘があり、造立年代が古い物のひとつとして価値が高いとされています。
特徴は、2、3本の石材を継いで組み立てられた、笠木・島木・貫・柱。一体化した笠木と島木。流線形の木鼻。さらに、柱上端の笠木と島木を支える部分には、必ず台輪が付けられており楔は使われていません。柱の下部は地中に埋め込まれどっしりと重量感にあふれ優美さも併せ持っています。

伊勢恵比寿神社

伊勢恵比寿神社写真

今から260年前のことですが・・・
寛保3年(江戸時代中頃)伊勢神社のある伊勢屋町(現在の伊勢町)は旅館や呉服屋が多く並ぶ町でした。この町は長崎街道の要路にあたるため、商売でとてもにぎわい繁栄した町です。
このことを伊勢屋町の氏子の方々が神様のおかげと、石造の恵比寿様をご神体として伊勢神社境内にお祀りしたそうです。
佐賀市で最も古い御恵比寿様として、御霊顕あらたかな数々のお話しも伝えられております。

英彦山神社

英彦山神社写真

伊勢神社氏子町内の伊勢屋本町(現在、伊勢町)におられた大島浩嗣氏が、佐賀の町の発展と災害から護るために、昭和59年9月に伊勢神社境内に石造りの御神体とお社を奉納されました。
現在も、毎年1月、5月、9月の3回大島家の家人に引き継がれて滞ることなく祭典に御奉仕頂いております。

古伊万里焼赤絵狛犬像 一対【佐賀市指定重要文化財】

古伊万里焼赤絵狛犬像 一対写真

制作年代/元禄13年(江戸時代中期)
寄進者名/肥前住 井上○○衛門義忠赤絵狛犬は江戸時代のうち約10年程の間に限って作られ、神社などに奉納寄進されています。江戸時代中頃に作られたものですが一対で現存しているものは非常に珍しく、力強く奔放で、彩絵の色調も鮮やかであり、赤絵の出来も安定しているところから、その頃の肥前陶業の盛んな様子と神社が多くの人々の参拝で賑わう姿を思い描くことができます。伊万里盛期の陶彫彩絵の狛犬として注目すべき価値があるとして貴重な文化財とされています。(現在、有田の九州陶磁文化舘に展示) <資料:佐賀市の文化遺産(指定文化財要覧>